10年をふりかえって
大七酒造(株) 太田英晴 社長
10年前のあの日、想像もしなかった、現実とは思えない激しい揺れに揺られながら、世界が変わったことを実感しました。巨大地震が「絵空事」、明日も今日と同じ日常が続くのが「当たり前」なのではなく、虚と実が入れ替わり、むしろ今までの「当たり前」には根拠がなく、何事も起こりうること、死・破壊と隣り合わせに生きている、世界のリアリティに触れたと感じました。バーナード・リーチの焼き物が粉々に砕けたのを不思議なほど冷静に眺めながら、本当に大切なものはモノではなく命、心だと痛感したものでした。
風評被害との闘い、支えとなった応援
震災後、一から再出発するしかないと覚悟していた時、ようやく電話・FAXが繋がるようになるや否や、全国から寄せられた、経験したことのないほど大きな「絆需要」の有り難さ、感謝の気持ちは、今も忘れられません。皆様からの応援に背中を押されて、心を強く持って、ありがたく復興の道を進むことが出来ました。
この年の秋、放射能汚染に世界の注目が集まるにつれ、事態は暗転して、風評被害との長い闘いが始まりました。しかしこの間も、多くのお取引先やお客様に応援されている、支えられているということが、常に感じられました。風評による悲しい体験があれば、いつもそれを上回る、涙が出るほど嬉しい体験がそれを上書きしてくれました。特に日本名門酒会が折に触れて行ってくださった被災県蔵元へのご支援、そして加盟店の皆様が寄せて下さった信頼とご厚情には、本当に御礼の申し上げようがありません。
造り手として後悔なきよう、今できる最大限の大七を
こうして回顧している最中、10年目にして震度6の烈震が再び福島県と宮城県に発生しました。十年前に覚醒したことを、平穏な日常の中でまた忘れかけていたことを、決して忘れるなという教訓でしょう。造り手として後悔なきよう、一日一日全力で、真心をもって今できる最大限の大七をお届けしなければならない。それが、震災後も生かされている大七の務めであると思います。
2021.02