蔵の概要
つかさぼたん
司牡丹酒造(株)
環境
桜の名所百選に選ばれた牧野公園。佐川に生まれた日本植物学の父・牧野富太郎博士ゆかりの公園。牧野博士の生家は「岸屋」という造り酒屋で、その酒蔵は司牡丹酒造に譲られましたが平成16年の台風で倒壊しました。(写真/(財)高知県観光コンベンション協会)
高知県中西部、蔵のある佐川町は四国山系に囲まれ、仁淀川の支流である柳瀬川沿いに開けた山紫水明の盆地です。日本桜名所百選のひとつ牧野公園をはじめ、土佐三大名園の2つを町内に有するほか、日本地質学発祥の地としても有名。江戸時代には土佐藩筆頭家老・深尾氏の城下町として栄え、町内には明治維新時の多数の勤王の志士を輩出した「名教館」や、志士の遺墨を集めた「青山文庫」があり、坂本竜馬の「脱藩の道」に当たるなど、明治維新ロマンも香ります。気候は温暖多雨、昼夜で大きい温度差を生かして茶や梨、リンゴ等の栽培も盛ん。町の中心部に90mに渡って連なる白壁の蔵は江戸末期の建造で、町の指定文化財。現在その一部を「酒ギャラリーほてい」として土佐の酒文化を広く提案しています。
歴史
坂本龍馬像。蔵の近くには坂本竜馬を始めとする明治維新の志士ゆかりの場所が残ります。
蔵の創業は慶長8年(1603年)。徳川家康から土佐24万石を賜った山内一豊の首席家老・深尾和泉守重良に伴い、土佐に入国した酒造りを業とする「御酒屋」がその前身です。その屋号を「黒金屋」といい、坂本龍馬の本家で酒造りも営んでいた「才谷屋」とは、その交流記録が残るなど浅からぬ関係にあったようです。大正7年(1918年)、こうした佐川の酒造家が合同して、現在の蔵を設立。この酒を愛飲した佐川出身の明治維新の志士・田中光顕元宮内大臣によって、「牡丹は百花の王、さらに牡丹の中の牡丹たるべし」との意味を込め「司牡丹」と命名されました。平成17年(2005年)、町内の各所にあった設備を集約した平成蔵を竣工。最新鋭の洗米機や、製麹機も導入され、さらに酒造りの精度を高めています。
造り
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米、水、技、心が蔵の4大柱。米は、ほぼ全商品の麹米・酒母米に酒造好適米の最高峰《山田錦》を使用。平成8年からは地元佐川町や窪川町、土佐清水市で永田農法による《山田錦》を始めとする酒米の契約栽培にも取り組んでいます。仕込み水には古来より神河と称される清流仁淀川水系の極軟水の湧水。これらを、軟水醸造に秀でた歴代広島杜氏伝統の技を継ぐ、高知県出身の浅野徹杜氏が仕込みます。戦中戦後も貫いた品質至上主義は、時代環境に曲げられることのない真っ直ぐな心が支えてきました。現在の特定名称酒比率は70%に達しており、将来は100%を目指しています。
味わい&合う料理
鰹の酒盗
飲み飽きしないスッキリとした淡麗辛口が特徴。独特の旨味と芳醇な香りが加わり、必要以上に辛く感じないまろやかなふくらみと絶妙な香味のバランスを口中で醸し出します。
蔵元おすすめ酒に合う地元のうまいもん
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